目次
【結論】退職後でも傷病手当金はもらえる?知らないと損する条件
監修:植本労務管理事務所(社会保険労務士)
Xでシェア Facebookでシェア
「退職したら傷病手当金はもうもらえないのでは?」という相談は非常に多い一方で、制度の仕組みを正しく理解している方はそれほど多くありません。
結論としては、健康保険法上の一定の要件を満たせば、退職後も傷病手当金を受給し続けることは可能です。
ただし、退職日の設定や待期期間の扱いを誤ると、本来受けられたはずの給付がゼロになってしまうこともあり得ます。退職の意思表示を受けたあとに、会社側で制度を十分に説明できなかった結果、後から従業員とのトラブルになる事例も見られます。
本記事では、退職後の傷病手当金について、結論 → 法的な条件 → ありがちな失敗パターン → 実務上のチェックポイントという流れで整理し、労務担当者の方が従業員から相談を受けた際に確認すべきポイントをまとめています。
※本記事は主として全国健康保険協会(協会けんぽ)等の健康保険法に基づく傷病手当金を前提に説明しています。健康保険組合など独自給付がある場合は、各保険者の案内も必ずご確認ください。
参考:協会けんぽ「傷病手当金」
まずは支給額のイメージを把握
傷病手当金は、原則として「支給開始日前12か月の標準報酬月額の平均 ÷ 30 × 3分の2」をベースに計算されます。標準報酬月額の水準によって、退職後の生活設計へのインパクトが大きく変わりますので、概算だけでも把握しておくと退職時期の判断材料になります。
※支給開始日前の被保険者期間が12か月未満の場合は、健康保険法の計算式により、直近の標準報酬月額平均と上限額(現在は原則32万円相当)を比較し、低い方を基礎として算定します。
【結論】退職後でも傷病手当金は継続して受給できる
傷病手当金は、本来は在職中の被保険者を対象とした所得補償ですが、健康保険法上、「資格喪失後の継続給付」という仕組みにより、要件を満たす場合には退職後も支給が続きます。
退職後に「新しく」傷病手当金の権利が発生するわけではなく、
在職中に要件を満たして開始していた傷病手当金を、そのまま退職後に引き継ぐ(継続給付)制度です。
したがって、退職後の給付を確保するには、退職前に要件を満たしておくことが不可欠です。会社としては、休職中に退職の話が出た段階で、「どのタイミングで退職すると継続給付の対象になるか」を慎重に確認する必要があります。
協会けんぽの公式な説明はこちらをご参照ください:
協会けんぽ「傷病手当金(資格喪失後の継続給付)」
退職後に受給できるための法的条件
退職後も傷病手当金を受給できるかどうかは、主に次の2点を満たしているかが基準になります(協会けんぽ基準。多くの健康保険組合でも同様の運用です)。
① 資格喪失日の前日までに「継続して1年以上」の被保険者期間があること
退職により健康保険の資格を喪失する日の前日までに、健康保険の被保険者期間が通算で1年以上あることが必要です。ここでのポイントは次のとおりです。
- 協会けんぽと健康保険組合等をまたいでいる場合でも、1日も空白がなければ通算可能
- 任意継続被保険者期間や国民健康保険加入期間は、この「1年以上」のカウントには含まれない(あくまで退職前の被保険者期間)
- 複数の会社を転職している場合は、資格取得日・喪失日を確認し、空白期間がないかを確認することが重要
詳細は、協会けんぽの「資格喪失後の継続給付」の説明も併せてご確認ください:
協会けんぽ「傷病手当金(資格喪失後の継続給付)」
② 資格喪失時点で傷病手当金を受給しているか、または受給条件を満たしていること
次に重要なのが、資格喪失時(通常は退職日の翌日)に、以下の状態にあることです。
- すでに傷病手当金を受給している、または
- 受給のための条件(待期完成・労務不能・賃金不払い)をすべて満たしている
この「受給条件」とは、健康保険法に基づく傷病手当金の一般的な支給要件を指します。すなわち、
- 業務外(私傷病)による病気やケガの療養のための休業であること
- 医師の意見に基づき、従前の業務に就くことができない程度の労務不能であること
- 同じ傷病による休業について3日間連続して仕事を休んでいる(待期完成)こと
- 4日目以降も休んでおり、当該日の賃金が支払われていないか(賃金が一部だけ支払われている場合は、傷病手当金と調整される)
特に退職時点では、
- 退職日も含めて労務不能で休業していること
- 退職日前までに待期3日が完成していること
が実務上のポイントになります。
資格喪失日の前日(通常は退職日)に出勤すると、その日は「労務可能で就労した日」と判断されることになり、
・「労務不能であること」
・「継続給付の要件(資格喪失時に受給中または受給要件を満たしている)」
のいずれかを欠く可能性が高くなります。
形式的なあいさつ出社であっても、実務上は継続給付が認められないリスクが高いため、退職日の出勤は避ける運用が一般的です。
在職中の基本的な支給要件も押さえておく
退職後の継続給付を検討する前提として、在職中の傷病手当金の一般的な支給要件も整理しておくと、従業員への説明がしやすくなります。
傷病手当金の基本要件(在職中)
- 業務外(私傷病)による病気やケガであること(業務災害や通勤災害に該当する場合は労災保険の対象)
- 療養のため労務不能であること(主治医の意見等をもとに、保険者が判断)
- 連続3日間の待期期間が完成していること(年休・公休日・有給休暇も含めて「休んだ日」が3日続く必要があります)
- 4日目以降も休んでおり、その日の賃金が支払われていないか、支払われていても傷病手当金の日額より少ないこと(その場合は差額支給)
協会けんぽの一般的な支給要件の説明はこちら:
協会けんぽ「傷病手当金の支給要件」
待期3日の数え方と退職との関係
待期期間は、「私傷病により労務不能であるため休んだ、最初の3日間(暦日)」です。次のような日も含めることができます。
- 年次有給休暇を取得した日
- 会社の公休日・週休日(例:土日)
- 勤務中に体調悪化で早退し、その日から労務不能と判断される場合の「早退日」
退職後も継続給付を受けたい場合には、
- 退職日前日までに連続3日間の労務不能による休業が完成していること
- 退職日も休業(労務不能)であること
が必須となります。例えば、退職日の2日前から休み始めたケースでは、退職日の前日までに待期3日が完成せず、退職後の継続給付は認められません。
知らないと損するNGパターンと実務上の注意点
① 退職日に出社してしまうケース
ありがちなケースとして、「長期療養中で退職予定だが、最終日だけあいさつに出社する」というものがあります。この場合、
- 退職日は労務提供をしているため、「労務不能とはいえない」と判断されうる
- 結果として「資格喪失時に受給要件を満たしていない」とされ、退職日の翌日以降の継続給付が不支給となる
というリスクがあります。
会社としては、長期療養中の従業員が退職する際、「退職日も欠勤扱いとするかどうか」「あいさつは別日にオンライン等で行えないか」など、勤怠区分も含めて慎重に検討しておくことが重要です。
② 待期が完成する前に退職してしまうケース
例えば、
- 退職日の直前に体調を崩し、2日だけ欠勤してそのまま退職した
- 退職日当日から体調を崩したが、その日が最後の出勤日となっている
といった場合、退職日までに「連続3日の待期」が完成していないため、退職後に新たに待期を積み上げることはできません。結果として、退職後の傷病手当金は支給されません。
休職期間中に退職の打診があった場合は、現在の欠勤状況と待期完成日を必ず確認し、退職日をいつに設定すると継続給付の条件を満たすか、社内で整理しておくことが望ましいです。
③ 有給休暇の使い方を誤ってしまうケース
有給休暇取得日も待期3日のカウントには含まれますが、有給休暇中は賃金が支払われているため、その期間は傷病手当金の支給対象日にはなりません。
そのため、
- 退職直前まで有給休暇をフル消化し、その後すぐに退職してしまう
- 療養の初期から長く有給を使用し、その後に退職しても、傷病手当金を受けられる日数・金額が少なくなる
といった結果になることがあります。
有給の使用自体は労働者の権利ですが、「有給をどこまで使い、どこから欠勤(無給)扱いにするか」は、傷病手当金との関係でも慎重に検討する必要があります。
・有給取得日:待期3日のカウントには含まれるが、傷病手当金は支給されない(賃金支給があるため)
・欠勤日・休職日:待期完成後であれば、賃金不払いの日は傷病手当金の対象となる
退職後にもらえる期間と金額の考え方
退職後の継続給付であっても、支給期間や支給額のルールは在職中と同じです。
支給期間の上限
傷病手当金の支給期間の上限は、最初に傷病手当金の支給を受けた日(支給開始日)の翌日から起算して「通算1年6か月」です。ここで重要なのは、
- 退職日から1年6か月ではないこと
- 途中で復職している期間や賃金支給により不支給となった期間も含めて「通算」で1年6か月をカウントすること
です。例えば、
- 在職中に既に1年間受給していた場合 → 退職後に継続給付を受けられるのは残り6か月分まで
- 在職中は待期完成のみで実際の支給を受けていなかった場合 → 支給開始日を基準に1年6か月をカウント
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 支給期間の上限 | 支給開始日から通算1年6か月 |
| 退職後の取扱い | 在職中からの通算でカウントされ、退職によるリセットはない |
| 再休職時の扱い | 同一傷病であれば、1年6か月の範囲内であれば再度受給可(待期は原則不要) |
支給額の基本的な計算方法
傷病手当金の日額は、原則として次のように計算されます。
- 支給開始日前12か月の各月の標準報酬月額の平均 ÷ 30 × 3分の2
12か月未満しか加入していない場合は、次のいずれか少ない方を用いて計算されます。
- 支給開始日の属する月以前の継続した標準報酬月額の平均
- 健康保険法で定める上限額(現在は原則32万円)
詳細な計算例や上限額については、協会けんぽの説明もご参照ください:
協会けんぽ「傷病手当金の支給額」
失業保険や年金との関係
傷病手当金と失業保険(雇用保険基本手当)は同時に受給できない
傷病手当金と失業保険(基本手当)は、いずれも生活保障のための給付ですが、支給要件が正反対であるため、同時に受給することはできません。
- 傷病手当金:労務不能で働けないことが要件
- 失業保険:働く意思・能力がある(労務可能)ことが要件
そのため、退職後に長期療養が見込まれる場合には、
- まず傷病手当金の継続給付を受ける
- 療養が終了し、働ける状態になってからハローワークで求職申込みを行い、雇用保険基本手当を受給する
という順序をとるのが一般的です。
退職後に傷病手当金を受給している間は、ハローワークで「受給期間延長」の手続きを検討する必要があります。
参考:ハローワーク「雇用保険のご案内」
老齢年金・障害年金との調整
退職後に傷病手当金の継続給付を受けている方が、老齢厚生年金等の受給権を取得した場合、年金との併給調整が行われます。
- 資格喪失後に老齢厚生年金等を受けることになった場合、原則として傷病手当金は支給停止
- ただし、老齢年金の年額を360で割った額が傷病手当金日額より少ない場合には、その差額分が傷病手当金として支給される
同一の傷病による障害厚生年金・障害手当金を受給している場合も、同様に調整が入ります。実際の調整は保険者(協会けんぽ・健保組合など)が行うため、年金を受給している/する予定がある場合は、その旨を必ず申請書や照会時に伝えることが重要です。
年金との詳しい調整については、日本年金機構の情報もご参照ください:
日本年金機構 公式サイト
退職後の実務対応:会社として押さえたいポイント
退職後の傷病手当金は、退職してしまうと会社が手続きに関与しないケースも多いため、退職前にどこまで説明し、何を確認しておくかが重要になります。
退職前に確認したいチェックポイント
- 現在の健康保険の保険者(協会けんぽか、どの健康保険組合か)
- 資格喪失日の前日までに、健康保険の被保険者期間が通算1年以上あるか
- 業務外の傷病であり、労災の可能性はないか
- 医師から労務不能とされている期間と、実際の欠勤・休職期間の整合性
- 連続3日間の待期がいつ完成しているか(退職日前までに完成しているか)
- 退職日当日の勤怠区分(出勤/欠勤/年休など)と、労務不能の判断
- 退職日以降の傷病手当金の申請は、従業員本人が保険者へ直接行う必要があることの周知
特に、「退職日に出勤していないか」「退職前に待期3日が完成しているか」は、継続給付の可否に直結するため、勤怠記録と診断書の内容をセットで確認しておく必要があります。
退職後の申請フロー(協会けんぽの例)
在職中は、傷病手当金支給申請書に事業主証明欄の記入が必要ですが、退職後の申請については事業主証明欄は不要となります(申請期間に在職期間が1日も含まれない場合)。このため、会社としては次の点を従業員へ伝えておくとスムーズです。
- 退職後は、加入していた健康保険の支部・組合に対して、本人が直接申請する必要がある
- 申請書様式や記載要領は、保険者のWebサイトからダウンロードできることが多い
- 医師記入欄の記載や、本人確認書類・振込口座の情報が必要になる
協会けんぽの申請様式や記入例:
協会けんぽ「傷病手当金 支給申請書」
税金・社会保険料まわりの基本知識
退職後の生活設計を考えるうえでは、傷病手当金そのものだけでなく、税金や社会保険料の扱いもセットで理解しておく必要があります。
傷病手当金にかかる税金・保険料
- 所得税・住民税:傷病手当金は所得税法上「非課税所得」とされており、所得税・住民税はかかりません
- 雇用保険料:給与ではないため、雇用保険料の対象外です
- 健康保険料・厚生年金保険料:退職後は原則として発生しませんが、任意継続や国民年金・国民健康保険への加入が必要となるケースがあります
医療費が高額になる場合には「高額療養費制度」や、確定申告での「医療費控除」が利用できる可能性があります。
参考:協会けんぽ「高額療養費制度」
参考:国税庁「医療費を支払ったとき(医療費控除)」
実務で使えるチェックリスト(会社側視点)
最後に、退職を控えた従業員から「退職後も傷病手当金はもらえるか」と相談を受けた際に、労務担当者として確認しておきたい事項を、実務向けのチェックリストとして整理します。
- 現在加入している健康保険の保険者は把握しているか
- 資格喪失日の前日までに、健康保険の被保険者期間が通算1年以上あるか
- 傷病の原因が業務外であることを確認しているか(労災・通勤災害の可能性の有無)
- 医師からの診断内容(傷病名・労務不能期間)と勤怠記録が整合しているか
- 待期3日がいつ完成しているか、退職日前までに完成しているか
- 退職日当日の勤怠区分が「出勤」になっていないか
- 退職後の申請方法(本人が保険者に直接申請すること)を案内しているか
- 雇用保険の「受給期間延長」など、他制度との関係も含めて基本的な情報提供をしているか
損しないために事前確認を
退職のタイミングや勤怠区分の設定次第で、傷病手当金の受給総額が数十万円~100万円以上変わることもあり得ます。
会社としては、退職の打診があった段階で、健康保険の加入状況・待期の完成状況・退職日の勤怠区分などを整理し、従業員へ説明できるよう準備しておくことが重要です。
自社で作成したシミュレーションや、標準報酬月額をもとにした概算計算を行い、「退職日によってどの程度受給額が変わるか」を把握しておくと、従業員への説明が具体的になります。
まとめ
退職後の傷病手当金は、「退職後に新たに権利が発生する制度」ではなく、「在職中から続いている給付を引き継ぐ制度」です。そのため、
- 資格喪失日の前日までに健康保険の被保険者期間が1年以上あること
- 退職時点で傷病手当金の支給を受けているか、少なくとも支給要件(待期完成・労務不能・賃金不払い)を満たしていること
- 退職日に出勤していないこと
といった条件を満たしているかどうかが、その後の給付の有無を左右します。
実務では、条件を知らないまま退職日を決めてしまい、結果として受給できなかったという事例も少なくありません。退職の打診があった段階で、上記のポイントを確認し、従業員と情報を共有しておくことが、トラブル防止と適正な給付の確保の両面で重要といえます。
本記事は、執筆時点で公表されている法令・公的機関の情報等をもとに一般的な取扱いをまとめたものです。
最終的な支給の可否・内容は、加入している健康保険の保険者(協会けんぽ・健康保険組合等)が判断しますので、具体的な案件については必ず保険者の案内・通知をご確認ください。
参考:全国健康保険協会(協会けんぽ)公式サイト
コメント