目次
- 1 退職金だけで足りる?|退職給付金と失業手当を計算せずに判断するリスク
- 1.1 1. 退職金と失業手当は「別物」であり、役割も違う
- 1.2 2. 「退職金だけで足りる」と判断する際に見落とされがちなポイント
- 1.3 退職前に「退職金」と「失業手当」の両方を概算しておく重要性
- 1.4 3. 失業手当を試算せずに退職を判断する具体的なリスク
- 1.5 4. 企業として従業員に伝えておきたい「考え方」
- 1.6 退職前に従業員へ案内したいチェックポイント
- 1.7 5. 失業手当のごく基本的な枠組み(企業が押さえておきたい範囲)
- 1.8 6. 社内での説明・退職面談における実務上のポイント
- 1.9 7. まとめ:退職金だけを見て判断しないために
- 1.10 参考・公式情報
- 1.11 📊 社労士監修|様々なシミュレーターをご用意
退職金だけで足りる?|退職給付金と失業手当を計算せずに判断するリスク
監修:植本労務管理事務所(社会保険労務士)
退職の場面では、「うちは退職金がそこそこ出るので、従業員の方も当面は大丈夫でしょう」「失業手当は本人の判断に任せている」といった運用になりがちです。しかし、退職給付金(退職金)と雇用保険の失業手当は、制度上も役割もまったく異なるお金であり、失業手当を試算しないまま「退職金だけで足りる」と判断すると、数年後の家計や老後資金に思わぬ影響を及ぼすことがあります。本稿では、企業側が従業員へ説明する際に押さえておきたいポイントとリスクを整理します。
1. 退職金と失業手当は「別物」であり、役割も違う
まず前提として、退職金と失業手当は「どちらかを選ぶ」ものではなく、それぞれ別の制度・別の目的を持ったお金です。制度上も相互に自動調整される仕組みではありません(高年齢給付や他制度との調整など一部例外を除く)。
| 項目 | 退職給付金(退職金) | 失業手当(基本手当) |
|---|---|---|
| 制度の位置づけ | 会社が任意に設ける退職時の給付制度(就業規則・退職金規程等による) | 雇用保険法に基づく「求職者給付」の一つ(一般被保険者向けの基本手当) |
| 主な目的 | 長期勤続への報奨、老後・将来の大きな支出への備え | 離職後の当面の生活費を部分的に補い、再就職までの橋渡しをすること |
| 支給主体 | 会社(または退職金共済・企業年金など) | 国(雇用保険から支給) |
| 支給タイミング | 原則退職時に一括(または年金形式) | 離職後、求職申込み・受給資格決定後、一定期間ごとに支給 |
| 支給要件 | 自社の退職金規程等の支給条件を満たすこと | ①「失業の状態」であること ②離職前の被保険者期間などの要件を満たすこと |
| 給付水準 | 会社ごとに独自。勤続・役職・退職理由等で変動 | 離職前6か月の賃金を180で割った「賃金日額」のおよそ5〜8割(上限・下限あり) |
| 老後資金との関係 | 原則として老後・将来の長期資金 | 老後資金ではなく、退職から再就職までの短期的な生活費補填 |
退職金は法定義務ではなく、あくまで会社ごとの任意制度です。一方、失業手当は雇用保険に基づく公的給付であり、要件を満たす従業員は会社に関わらず受給を検討し得る立場にあります。
2. 「退職金だけで足りる」と判断する際に見落とされがちなポイント
2-1. 退職金は「一度減らすと戻らない」将来資金
退職金は、多くの従業員にとって一生のうち数回しか受け取らない貴重なまとまった資金です。ここから生活費を取り崩すと、その分は老後生活費や医療・介護、住宅の維持・リフォーム費用などに充てられる余力が確実に減ります。会社としても、「退職金=老後資金の核」という前提を従業員へ説明しておくと、後年の生活不安の軽減につながります。
2-2. 失業手当は「保険」としての権利であり、原則非課税
失業手当は、在職中に労使で負担した雇用保険料に基づき、一定の受給要件を満たせば給付を受け得る「保険給付」です。申請しなければ権利を行使しないまま受給期間(原則、離職日の翌日から1年)が過ぎてしまい、その後はさかのぼって受給することはできません。また、基本手当は原則として所得税・住民税の課税対象ではなく、手取りベースで見たときの家計へのインパクトは小さくありません。
2-3. 「退職金が多いと失業手当が減る」は一般的には誤解
退職金の多寡そのものが、一般的な基本手当の受給資格や日額・日数に直接影響する仕組みにはなっていません。失業手当の金額・日数は、離職前の賃金・被保険者期間・年齢・離職理由などで決まります。退職金があるからといって一律に「失業手当はもらえない/減らされる」と説明してしまうと誤案内になりますので、注意が必要です。
2-4. 退職後1〜2年の「固定費」を見落としがち
退職後は、健康保険(任意継続・国保)、国民年金保険料、住宅ローン、教育費など、給与天引きから切り替わる固定費が発生します。退職金の額だけを見て「数年は大丈夫」と感じても、毎月の固定費を含めたキャッシュアウトを試算しなければ、実際に何年もつのか見誤りやすくなります。
退職前に「退職金」と「失業手当」の両方を概算しておく重要性
退職を検討している従業員には、少なくとも次の2点を事前に数字で把握してもらうことが望ましいと考えられます。①自社退職金制度に基づく退職金の概算額と支給時期、②雇用保険の失業手当の概算額と所定給付日数(および給付制限の有無)。これにより、退職後1〜2年の資金計画と老後資金の両方を見据えた判断がしやすくなります。
3. 失業手当を試算せずに退職を判断する具体的なリスク
3-1. 生活費を退職金から取り崩し、老後資金が不足するリスク
失業手当を利用せず、退職直後の生活費をすべて退職金と預貯金で賄うと、老後資金の取り崩しが前倒しされます。特に50歳代以降での退職では、退職金は厚生年金と並ぶ老後資金の重要な柱であるため、ここを短期間に削ることの影響は大きくなります。会社としても、「退職直後はなるべく雇用保険からの給付で生活費の一部をカバーし、退職金の減りを抑える」という考え方を説明しておくと、従業員の長期的な生活設計に資する情報提供になります。
3-2. 「受給期間1年」を逃し、権利を失うリスク
雇用保険の基本手当は、原則として離職日の翌日から1年間が受給期間です。この期間内に受給手続きを行い、かつ所定給付日数分を受け取る必要があります。手続きが遅れたり、退職直後は失業手当を意識していなかったが後になって必要になる、といった場合でも、受給期間を過ぎてしまうと残日数があっても受給できません。
退職時点で失業手当の制度・期間を十分に説明せず、「必要になったらハローワークへ」とだけ案内していると、従業員が時期を逃してしまうおそれがあります。
3-3. 離職理由の整理をしないまま退職し、給付内容が不利になるリスク
失業手当の受給要件や給付日数・給付制限期間は、「離職理由」によって大きく変わります。倒産・解雇など再就職準備の余裕がない離職か、正当な理由のある自己都合か、そうでない自己都合か等により、必要な被保険者期間や給付制限の有無・長さなどが異なります。
離職票の離職理由が実態と異なると、従業員が本来より不利な取り扱いとなる可能性があります。また、事業主側が虚偽の離職理由を記載した場合、不正受給への関与とみなされるリスクもあります。
3-4. 65歳前後での退職で、給付種別を誤解するリスク
退職日が65歳到達前か到達後かによって、「基本手当」か「高年齢求職者給付金」(一時金)かが変わります。65歳到達前の退職であれば、被保険者期間や離職理由に応じて90〜360日の範囲で基本手当が分割支給されますが、65歳到達後の退職では、被保険者期間1年未満なら30日分、1年以上なら50日分の一時金となります。
この違いを説明しないまま「退職金もあるからどちらでもよい」と扱うと、従業員側が本来想定したよりも失業給付額が小さくなり、結果として退職金の取り崩しを増やさざるを得ない場合もあります。
4. 企業として従業員に伝えておきたい「考え方」
4-1. 退職金は「長期・将来資金」、失業手当は「短期・つなぎ資金」と説明する
従業員向け説明の際には、次のような役割分担として整理しておくと理解されやすくなります。
- 退職金:老後生活費、住宅関連費、医療・介護費など、数十年単位の将来支出に備える長期資金
- 失業手当:退職から再就職までの数か月〜1年程度を想定した生活費の一部補填(給与の5〜8割目安、上限・下限あり)
- 実務上の組み合わせ:退職直後は失業手当と手元預貯金で基本生活費を賄い、不足分のみ退職金から補う
4-2. 「退職後1〜2年+老後」という2段階で資金を考える
退職時点では、「退職後1〜2年」と「老後期(65歳以降)」の2つの時間軸で資金を分けて考える視点を従業員に持ってもらうことが大切です。退職金をすべて「直後の生活費」として見てしまうと、老後期の不足分が見えにくくなります。
退職前に従業員へ案内したいチェックポイント
- 退職金制度の有無・支給条件
就業規則・退職金規程の内容(制度の有無、自己都合・会社都合・懲戒などでの支給率の違い)を、退職前に本人へ提示できるようにしておく。 - 雇用保険の被保険者期間・離職理由
離職票の離職理由の記載が実態に合うよう、人事側で整理しておく。倒産・解雇等か、契約満了か、自己都合かで給付要件・給付制限が変わる点を説明する。 - 退職後の就労予定
すでに次の職場が決まっているのか、一定期間休養するのかにより、失業手当の受給可能性や受給開始時期が変わることを本人に周知する。 - 毎月の生活費と退職後固定費
社会保険料・税金・ローン・教育費等を含めた毎月の出費を把握してもらい、「退職金+預貯金+失業手当」で何か月分まかなえるかをざっくり試算するよう促す。
従業員が個別にハローワークで具体的な金額・日数を確認する前提で、社内ではあくまで「制度と考え方の整理」と「退職金の社内ルールの説明」にとどめる運用が現実的です。
5. 失業手当のごく基本的な枠組み(企業が押さえておきたい範囲)
詳細な受給可否・金額はハローワークでの判断となりますが、人事・労務として最低限押さえておきたいポイントは次のとおりです。
5-1. 受給の基本要件
- 離職しており、就職の内定・決定がなく「失業の状態」にあること(就職の意思・能力があり、求職活動をしているが職に就いていない状態)。
- 原則として、離職前2年間に被保険者期間が通算12か月以上あること(倒産・解雇等や一定のやむを得ない離職の場合は、前1年間に通算6か月以上で足りる)。
5-2. 給付制限と給付開始時期
- 受給手続後、まず7日間の待期期間は一律に支給されない。
- 正当な理由のない自己都合退職等の場合、待期満了の翌日から原則1か月間の給付制限がある(5年以内に複数回の自己都合離職等がある場合や、重大な理由による解雇等では3か月となる)。
- 倒産・解雇等の場合などは、原則として給付制限がかからず、待期満了後から給付開始となる。
5-3. 給付額のイメージ
正確な金額は離職票の賃金情報を基にハローワークで計算されますが、概ね次のような水準感です(賞与は含まれません)。
| 離職前の平均月収(概算) | 月あたりの基本手当受給額の目安 |
|---|---|
| 月15万円程度 | 約11万円程度 |
| 月20万円程度 | 約13.5万円程度(60〜64歳は約13万円程度) |
| 月30万円程度 | 約16.5万円程度(60〜64歳は約13.5万円程度) |
実際の基本手当日額は、「離職前6か月の賃金総額÷180×給付率(45〜80%)」で算定され、さらに年齢区分ごとの上限・下限が適用されます。
6. 社内での説明・退職面談における実務上のポイント
最後に、企業側の実務として、次の点を押さえておくと「退職金だけで足りるか」を従業員が単純に判断してしまうリスクを下げることができます。
- 退職金に関する情報提供
退職申し出があった段階で、規程に基づく退職金の有無・支給見込み額・支給時期を本人へ文書で示す(あくまで社内制度に基づく案内として)。 - 雇用保険制度の位置付けを簡潔に伝える
「失業手当は在職中に保険料を納めてきた結果としての権利であり、退職金とは別物である」こと、「詳細は必ずハローワークで確認してほしい」ことを一言添える。 - 離職理由の整合性確認
実態と離職票の記載内容が合致するよう、人事側で事実関係を整理してから離職証明を行う。 - 退職時説明資料で「退職後1〜2年+老後」の考え方を案内
退職金をすべて生活費に充てる前提ではなく、「老後資金としてなるべく温存し、退職後のつなぎは失業手当等で賄う」という基本スタンスを資料に盛り込んでおく。
7. まとめ:退職金だけを見て判断しないために
退職給付金(退職金)は、従業員にとって将来の生活を支える大切な長期資金です。一方、失業手当は、離職から再就職までの比較的短い期間の生活費を補う公的な保険給付であり、両者はそもそも役割が異なります。退職金の額だけを見て退職の妥当性を判断したり、「退職金があるから失業手当は不要」と案内してしまうと、数年後の家計や老後資金に影響が出るおそれがあります。
企業としては、自社退職金制度と雇用保険制度の基本的な枠組みを整理したうえで、「退職金は長期資金」「失業手当は短期のつなぎ」として併用を前提にした情報提供を行うことが、従業員のライフプランを支えるうえで重要といえます。
参考・公式情報
監修:植本労務管理事務所(社会保険労務士) — 本記事は、退職金と失業手当の一般的な制度趣旨および考え方を解説したものであり、具体的な受給可否・給付額・給付日数等は個別事情により異なります。詳細は、所轄のハローワーク等の公的機関の案内をご確認ください。
コメント